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「……士郎」
 縁側にて、隣に座る少女のこめかみに、ひくひくと青筋が立っていることが、よく見てとれる。さて、次の瞬間その可愛らしい口から、いったいどんな無理難題が出てくるのだろうと、考えうる内容を予め想定し、身構えるのが、このところの日常となっていた。
「今すぐここに巨大扇風機を投影(トレース)して」
「そんなことしているうちに、俺の回路が焼き切れる」
「じゃあ今すぐ部屋のクーラー直してよ」
「昨日も見たけど、あれはもう俺の手には負えないって。餅は餅屋って言うだろ」
「じゃあかき氷。私、苺シロップがいい」
「だから、そんなのうちにはない……って!」
 言い切る前に、彼女の指先から確実に急所を狙ったガンドが4、5発と放たれる。すんでのところでそれらをかわし、やれやれ、と肩を落とした。

 確かにこのところの暑さは異常だ。加えて、現在衛宮家ではいたるところのクーラーが故障しているときた。そもそもの原因は、老朽化と、少し前まで行われていた戦争での、度重なる襲撃からのものである。協会側から修理費くらい出してくれないだろうかとごちるも、それが聞き入れられるはずはなく。こうして、家電メーカーから差し伸べられる救いの手をただひたすら待ちわびているというこの状況。一応、明日には修理にきてくれるはずだ。
 そんな前日に、過去最高の気温を叩き出さずともよいではないか、とは、かつての俺のサーヴァントであり、今は隣に座る少女のサーヴァントとなった、彼女の弁。隣の部屋でこちらと同じように、この暑さに参っているはずだ。先ほど彼女の友人が来たので、グラスに麦茶を注ぎ氷も入れて差し出してきたものの、この暑さではとっくの昔に溶けてしまっていることだろう。英霊とはいえ、実体を持つ以上暑さに弱いのは人間と共通らしい。
「もう、無駄に魔力使わせないでよ。余計に暑くなったじゃない」
 あーあ、もうと愚痴を零して、はたはたと団扇を扇ぐ。俺は別に打って欲しいなんて言ってないぞと言い返そうとするも、なんか文句ある?といった視線にぐっと堪え、出しかけた台詞を飲み下した。

 それにしても、と改めて隣に座る少女を見やる。普段ツーサイドアップにして流しているその艶やかな黒髪は、暑いという彼女の一言により、綺麗にアップに結い上げられていた。普段なかなかお目にかかれないうなじが、美しいラインを描いてそこにある。慎二が目にした日には、顔を真っ赤に染めながらあれやこれやと彼女に言い寄るのだろう。(そこで、彼女が彼に鉄拳をお見舞いして撃退する姿も目に見えるのだが。)
 さらに言うと、今日の彼女の格好は涼を思い切り意識した服装となっている。レースがあちこちにあしらわれた薄手のキャミソールに、ミニスカート。スカートの下ですらりと伸びる白い脚は、何も身に纏っていない。素足そのものだった。
(…………)
 早い話が、目の毒だ。心臓に悪い。先ほどのガント連射のせいか、キャミソールの紐が肩から落ちかけているのが、尚悪い。彼女の持つ無自覚な色気を増幅させるだけだった。
「……遠坂」
「なによ」
「カーディガンか何か、羽織ってくれないか。それと、スカートじゃなくズボンに履き替えてもらえると、俺すごく嬉しいんだけど」
「はぁ!? こんな暑い時に、何の冗談、よ……っ!」
 再び彼女がガンドを討つべく右手の人差し指をこちらに向け……ようとしたところで、撃たせることなくその右手首を掴む。
(あ、しまった……)
 思いのほか強く掴んでしまったせいか、彼女がこちらに倒れ込むような形で、急接近してしまう。彼女の表情に戸惑いの色と仄かな赤が浮かび、不安げにこちらを見上げてきた。
(ああ、もう)

 だから、その顔が、

「……でないとお前、俺に何されても」
 縁側の向こうに広がるのは、どこまでも澄み渡った青い空。突き刺すような強い日差しに、ジワジワと蝉の鳴き声が響き渡る。なのに、この空間はどこまでも静かなように思えて。
 ごくり、と彼女の喉が鳴る。思った以上に、顔と顔が近い。中でも、暑さの所為かいつも以上にその唇の色は濃く、味を確かめずにはいられない。

「文句なんて、言えないぞ……?」

 鼻先を、彼女から発せられる薔薇の香りがくすぐる。まっすぐとこちらを貫いてくるエメラルドの双眸からは、拒否の意思は感じられない。今まさに、この唇が彼女のそれに重ねられようとした――――……その瞬間。

「凛、スイカを切ったぞ。食べるといい」
 ガラリと障子が開き、果物の乗ったお盆の角が俺の額にとてつもなく大きな力をもって直撃する。彼女の双眸は大きく見開かれ、俺はその激痛に耐えられず右手を離し、頭を押さえて背中を丸めた。
「ああ、居たのか。気が付かなかった」
 そう飄々と言いのけて彼、弓兵はさも当然とでも言うように、俺と彼女の間に割って入る。ほら受け取れと綺麗にカットされたスイカを差し出された彼女は、まるで金魚のように顔を真っ赤に染め上げ、口をぱくぱくと開閉を繰り返した後、大人しくそれを受け取った。
「凛、なんだか顔が熱いぞ。ずっとこの場にいてのぼせでもしたか。風呂で冷水でも浴びてくるといい、すっきりすることだろう」
「別にその、私は……」
「なんだ、それともこの俺が、お前の熱を冷ましてやろうか?」
 そう言って彼女の顎に手を掛ける。途端に、これまで以上の色を持って、彼女の顔に火が灯った。俺の時と比べて数倍濃い色になってはいないかと、無性に腹立たしい。
「お……お前は~~~~っ!!」
 ようやく痛みから脱して、彼の胸倉に掴み掛る。が、情けないことに力の差など言われるまでもなく歴然で。手に持ったお盆を安全地帯へサッと置くと、逆に片手で腕を捻り上げられる形となってしまう。
「俺の凛に手を出そうなど、百年早い」
 そうは言っても、俺はお前だろと叫ぶも、何の事だかと口元を上げる。ああ、腹が立つ、腹が立つ!彼女はと言えば、何かに憑りつかれでもしたように、一心不乱にスイカを口へ入れ込んでいる。気をつけろ凛、と彼にキャミソールの紐の位置を直してもらいながら。
「これくらいで狼狽えるなど、お前はまだまだガキだな」
「う、うるさい! 俺は過去のお前だ、つまりお前の通った道だぞ俺は!」
「どうだかな。俺は今のお前よりかは、大人であったと記憶しているが?」
「嘘付け!! 俺がこうなのに、そんなわけあるかよ!」
 まさに一触即発。俺と彼の視線がぶつかり合った先で、火花が飛び交う。もはや誰にもこの戦いは止められないだろう。……いや、止められるとしたらただ一人、その隣にいる少女だけなのだが、彼女はというと未だ真っ赤な顔をしたまま一生懸命スイカを貪っている。
 お互いの口から固有結界を展開させるための呪文が紡がれ、今まさに、それが結しようとしたその瞬間。

「っあああああーーーーー!!!」

 耳をつんざくような悲鳴を上げた彼女の方へ、お互いの視線が集中する。彼女は手に持つスイカの皮を両手でポッキリと折り曲げ、わなわなと唇を震わせていた。

「ちょっとあんたたち、一体何やってるのよ!!」

 彼女の怒声が浴びせられる方向へ、またも二人同時に顔を向ければ……――彼女のサーヴァントと友人であるサーヴァントが、一体どうしてかお互いに水で濡れ、また土で洋服を汚しながら転がりまわるその姿が、この目に飛び込んできた。

 *

 この後の顛末はというと、恐らくはご想像の通り。二人して彼女の前に正座でなおり、大人しくたっぷりと説教を受ける。何やらいつも以上に厳しい説教だったと彼が零したその理由は、二人にはとりあえず内緒にしておこうと、珍しく未来の自分である彼と意気投合した瞬間だった。




夏の日に







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meg (2012年9月20日 12:24)
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