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Möbius - 02





 .........?

 聞き覚えのある声に、足を止める。

『...振り返ってはいけない!』

 焦りの混ざった声が、呼びかけられる。

 しかしまた、深い親愛が込められた艶やかな声色で、再び名を呼ばれる。

「母似香様。」

 また再び、警告が投げかけられた気がした。頭の中では「振り返っちゃダメだ」と思っているのに、体はその意に反して、ゆっくりと向きを反転させていく。

『母似香ちゃん...!』

 ここへ来る間、すれ違わなかったどころか、今まで誰も、いなかったはずなのに。そこには、どこかで見たことにある、青い装束を身にまとった一人の麗人が右手を胸に、姿勢正しく立ち、まっすぐこちらを見つめていた。その綺麗な顔を、ほっとしたかというように緩め、こちらに向かって歩き出す。

「母似香様、こちらにいらっしゃいましたか。」
「え...っと...?」
「私のことは、ご記憶におありですか?」
 そう言って、手を少し伸ばせば触れられる距離まで近づくと、戸惑うわたしの手をとり、甲に恭しくキスをした。

 その瞬間、"その部分"の記憶だけが、まるで早送りのごとく渦を巻き、わたしの頭の中に蘇る。青い扉、青い部屋。長鼻の主に、その傍に控える、青い衣装の美しいベルボーイ...。

「......テオ?」

 頭に浮かぶよりも早く、この唇が動いた。そんな自分に、自分が一番驚いた。よくよく考えてみれば、こんな綺麗な男の人にこんな事をされては、恥ずかしくていてもたってもいられなくなるのが普通ではないか。けれど、わたしはむしろとても落ち着いていて。またこの人は、こんなことして...とすら、思っている。

「ええ、そうです。貴女のテオです、母似香様。貴女は、"塔"に囚われておいでのようですので、私がお迎えにあがりました。」

 そう言って右手はわたしの手をとったまま、左手を背中に回し、上体を折る綺麗なお辞儀の形をとった。

「わたし、わからないの...。どうしてここにいるのか、そもそもわたしはどうやってここに来たのか...。」

 この身に起きた、不思議な現象。現れ、そして消えて行った21枚のカード。あそこに行けば、全てわかる気がするんだけど。そう言うと、彼は「いいえ」と顔を横に振った。

「私の口から、あなたに答えをお教えすることはできませんが...一つ、ご助言を差し上げましょう。」

 繋がれていた手を彼は優しくほどき、失礼します、と断りを入れ、右手の人差し指と中指を揃えた状態で、わたしの鎖骨中央らへんを、トン、と押した。すると一呼吸おいて、その場所にポッと、暖かい光が灯る。光は胸を離れ少し上昇し、1枚のカードへと姿を変えた。そこに描かれた番号は13番、髑髏の絵が描かれた、"死神"のカード。
 テオに促され、ゆっくり、恐る恐る、手を、指を伸ばす。先ほどは、触れることさえできず、消えてしまった。けれど、今度は

「...!」

 人差し指一つ、たしかに触れた。その触れた一点を中心に波打ち、光り輝き始める。カードの形を残したまま、描かれている番号が、絵が変化していく。そうして、みるみるうちに現れたのは、10番..."運命"のカード。目を皿のようにして、食い入るようにその光景を見つめるわたしに、誰かが囁きかけた。

『母似香ちゃん。』

 さきほどまで耳にしていた声。でも、頭に鳴り響く不快感だとか、そういう類のものは一切なく、むしろ、とても心地いい。

 わたしは、この感覚を...この声を、知っている。


「.........綾時...くん...?」






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meg (2012年4月11日 15:37)

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