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Möbius - 03





 その名前を口にした途端、カードが形を変え、人の形へと変化していく。左目の下の泣き黒子。長い黄色のマフラー。目があうと、人懐っこい笑顔を見せてくれた。ぎゅうと、胸が押しつぶされる。涙が一筋、頬を伝って落ちた。
「綾時くん...!」
 覚えている。彼は、わたしがこの手にかけた、命だ。

『やだなぁ、そんな風にとらえないでよ。』

 こちらの考えていることを表情から汲み取ったのか、彼は苦笑して、涙を拭ってくれた。暖かい指先で。

『君は、世界を救うために必要なことをしたまでだ。ほら、そのおかげで、君の愛する人たち、愛する世界...僕が愛した世界は、救われたんだよ。』

「救われた...?」

『そう、何もかも、君のおかげだ。君がここにいるおかげで...世界はこの先もずっと、平和のままだ。』

 そういって彼は、ズボンの左ポケットに手を突っ込む。取り出して見せたのは...先ほど消えたはずの、カードだった。

『でも、君は......。本当にこのままで、いいのかな...?』

 差し出されたカードの束。脳裏に、ある映像が浮かんでくる。
 わたしを呼ぶ声が聞こえる。あの青空の下、男の子に抱きしめられたまま、瞼を閉じているわたしが見える。ピンクのカーディガンを着た女の子と、いかにも聡明そうな女の子、そして大人しそうなショートカットの女の子が、泣き叫んでる。帽子をかぶった男の子と小さな男の子が、どうすればいいんだって喚いてる。わたしの傍に控えている金髪の女の子は、今にも泣きそうな顔をしている。白いワンちゃんは、わたしの周りを行ったりきたりして、悲しそうに頬を舐めてくれている。

「みん...な...、」

 彼、は

 わたしを抱きしめ、俯いたまま、握りしめた拳には、血が伝って

「わた...し...。」

 彼らをわたし、知っている。

 このカードを手にしたら、全て思い出せる?彼らの元へ、駆け付けられる?大丈夫だよって、泣かないでって、そんな顔しないでって、抱きしめてあげられる?

 震えながら、カードへ手を伸ばそうとした。

 その時


『本当に、そレデいイノかイ?』


 伸ばしかけた手が、止まった。

 これまでわたしに語りかけてきた声色が、台詞を言い終わらないうちに、甘みをなくしていく。...今ならわかる。そう、最初からその声は、綾時君...いや、デスのものだった。1月31日のあの日に聞いた、純粋な、デス...いや、ニュクス・アバターのものだった。

『ソウ、君ハ確カニ世界ヲ救ッタ。ソレモ、一度ノミナラズ、二度マデモ。』

 そうか、そうだった。わたしが、ここに"堕ちた"のは、これで"2回目"だ。一度繋いだ糸は、さらにその繋がりを求めて伸びていく。
 わたしは封印したのだ。わたしがこれまでに築いた絆と、わたし自身の命を持って、人々の滅びへの願望が、ニュクスへと通じる為の、その門を。差し出して封印をする度に、わたしは戻らなければならないんだ。封印、し続ける為に。デスは、何度でも願望をニュクスへ届けようとする。その度に戦い、勝利し、確実に封印を施す。メビウスの輪のごとく、その行為はループし続ける。わたしの時間はそれ以上に進むことがない。それが、封印し続けることを選んだわたしに課せられた、十字架。
 目の前に広がる闇よりも濃い闇が集まりだし、ある形を形成していく。それは...大きな大きな、漆黒の"がしゃどくろ"だった。

『君ガ戻レバ、今度ハ別ノ場所デ、新タナル滅ビガ訪レル。デモソノ時、君ハ一切介入スルコト叶ワナイ。』

 繰り返し訪れる、出会い、疑惑、裏切り、絶望と、一握りの甘い時間。バカの1つ覚えみたいに、毎回毎回同じ選択肢を選び、同じ結末を迎え続ける。それで、世界が救われる。

『君ガココニ残レバ、永遠ニ、君ノ手デ世界ヲ守ルコトガ、デキルノカモシレナイヨ?』

 それでも、世界を犠牲にして、わたしは真新しい未来を歩もうと言うのか?そんなの、許されると思っているの?


『...大丈夫だよ。』






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meg (2012年4月11日 15:41)

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