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Möbius - 05





「...さて、貴女が明確に"帰る"意思を示された今、ここに貴女を縛るものはすべて消えたはず、なのですが...?」

 おかしいですね、とテオは首をひねる。あれ、もしかしてわたし、もう引き返せないところへ来てしまったの?と不安になる。それが顔に出ていたのだろう、彼はそんな私を見て、フッと笑った。(なんで、このシーンで笑えるの...。)

「...ああ、そうでした。」

 おどけたようにそう言って、失礼いたします、とわたしの周りを浮遊するカードの中から、一枚のカードを抜き取った。

 21番..."宇宙"のカードだ。

「そもそも、このカードの力が、貴女をここに縛り付ける要となっているのでしたね。」

 どこからか分厚いペルソナ全書と呼ばれる大きく分厚い冊子を取り出し、栞が挟まれているページを開き、カードを乗せ、パタン、と音を立てて閉じた。

「あ...?」
 すると、みるみるうちに他のカードもろとも、わたしの体が浮き始める。(元々地に足がついていたかも微妙だけれど、とにかく、自分の意思に反して感覚だった。)存在自体も、手の向こう側にある闇が透けて見えるくらい、薄れ始める。けれど彼は、元の場所に立ち尽くしたまま。目線がどんどん上昇し、いつも見上げていたはずの自分が、逆に彼を見下ろす形となっていく。

「さて、今度こそ、お別れですね。母似香様。」

 こちらへ来たときと同様、右手を胸に当て、美しくお辞儀をした。

「私はこのまま、主の元へ帰ります。...もう二度と、お目にかかることもないでしょう。」

「そ、そんな...!」
 どんどん上昇を続ける力に反抗するように、顔だけでも彼の方を向いていたいと、徐々に体のバランスが逆転していく。

「テオ、わ、わたし...!」

 だって、わたしまだ何も聞いてない。聞きたいこと、たくさんあるのに。どうやってここに来たのとか、どうして助けてくれたのかとか...。そして、まだお礼だって...!

「理由...ですか。」

 (心を読む能力でも持っているのか、)そう言うと、彼はその長い両腕をすっと伸ばし、薄れていくわたしの顔を、硝子細工でも扱うかのように、両手で優しく包み込んだ。

「以前、申し上げましたね。どれ程困難な道であろうと、私は必ず、貴女の元へ参ります、と。」

 覚えている。わたしの部屋へ、彼を招待したあの日のことだ。

「貴女の無事は永遠に守られるとお約束したにも関わらず、このような目に合わせてしまったこと、非常に、不甲斐なく思っております。こうして、お救いできて、本当に良かった...。」
「テオ!」

 するすると、頬から彼の掌が離れていく。伝えなければ。この気持ちを、一言で、ありったけの想いをこめて。そうこうしているうちにも、足先から消えていく。ああもう、こんなに急じゃなくたって。

「それから、.........。......母似香。」

 まるで眩しいものをみるように、彼の目が細められる。次にその瞳を見たときは、青色の光を宿していた。彼を食い入るように見つめる。なぜだろう、確かに彼のはずなのに、彼じゃないような...。

「産まれたのが、君でよかった。その場所は、君だけの場所だ。他の誰でもない、君が作り上げた場所だ。」

 声が、彼とは違う別の声が、彼の声に重なって...。

「その場所に、一緒にいさせてくれて、ありがとう。...あとのことは、俺に任せてくれ。」

 一生懸命に、手を伸ばす。もう太腿が、腰が、胸が、消えていく。

 小さい頃、聞いたことがある。わたしと共に産まれてくるはずだった、もう一つの命。

『母似香には、いつだって守ってくれる、王子様がついているからね。』

 初めてオルフェウスを召喚し、その姿を見たときに、確信した。青い髪を持つ、男の子のようなオルフェウスは、きっとママの言っていた王子様。そして、わたしの代わりに、生まれる前に死んでいった、双子の片割れ。
 このままでは命の灯は二つとも掻き消えてしまう、そんな時...自分の分の灯を、もう一つの灯に、まるで与えるかのように、消えて行ったと。その灯に、与えられるはずだった、その名は...。

 あの時耳にした、ママの声が蘇る。

「ねぇ、待って!もしかして、あなたは...!!!」
『そう、もしも、男の子だったらね...この子の名前は、』

 もしかしてあなたは、もしかしなくともあなたは、

「"湊(みなと)"―――っ!?」

 最後まで言い切る時間を与えられることのないまま、差し出した手は宙に消えた。






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meg (2012年4月11日 15:50)

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