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Möbius - 06





「...さて。」

 闇の中、一人取り残された彼は再び、ペルソナ全書を開く。開いたページは、先ほどカードを挟み込んだ箇所。開かれたことで、再び"宇宙"のカードはその場所から浮遊を始めた。 そして、少し遅れてもう一枚、浮かび上がるカード。愚者のペルソナ、オルフェウス。

「貴男はまったく、1度と言わず2度までも、罪作りなお方ですね。」

 ふぅ、と整った眉を八の字にして、ため息をつく。

「わかっておりますよ。貴男がどんなに、彼女を大切に想っているか。だからこそこうして、私はお手伝い差し上げているのです。」

 もっとも、わたしの私情混み込みでの、お手伝いですけどね。そう微笑んだ後、瞼を閉じ、精神を集中させ始めた。

「――――。」

 彼が静かに、何かを呟くと、途端に2枚のカードは青い光を帯び始める。その光は融合し、彼へと流れ込み―――彼の姿を、静かに変えていった。

 高い身長は、先ほど帰っていった少女と同じ高さまで縮み、金色の髪は青色へと変化し頬にかかるくらいまで伸びる。衣服は少女が通う高校の、男子のもの。大人の顔つきは少年のものとなり、開かれた瞼の内にある瞳は、青色...。彼の周囲には、宇宙と、先ほど彼女から現れた死神のカードが浮遊する。

「......元より俺は、この戦いが終わった後、彼女の元を去る予定だったんだ。」

 彼女は、もうひとりぼっちじゃない。大切な居場所を、見つけたから。無条件に愛を注ぐことのできる人を、見つけたから。僕が傍にいなくても、もう大丈夫。ずっと、心からの笑顔でいられる。

「それに、消えるはずだった俺が、今度は彼女の代わりに1年間を生き続けられる。」

 決められた期限のある生。彼女でなく俺だったら、どのようにそれは様変わりするのか。ひどく、楽しみで仕方ない。特に、あの岳羽ゆかりという少女。......俺だったら、どのように救ってあげられるだろう。

「じゃあ、行こうか...デス。」

 閉じられたはずの光が再び現れ、その中に、消えて行った。





 気が付いたらここは、幾度となく入ったことのある、ポロニアンモールの裏路地だった。ただ、慣れ親しんだ、あの青色の扉は、ない。
 上を見上げれば、すがすがしいほどの青い空。ああ、あの日のようだな、と思った。あれ、そういえば、今日って何年何月何日?わたしが先輩の腕の中で目を閉じたのは、先輩たちの卒業式の日、だったような...。わたし、てっきり、あの時間に戻るんだとばかり思っていたんだけど。...そんなに都合よく、いかない、か。

 でも、例えばあの浦島太郎のおとぎ話のように、実はあれから何百年と経っていた、とかだったら、どうしよう。そう思うと、なんだかこの裏路地から出るのが途端に怖くなった。じ、実は、ここもポロニアンモールって名前じゃなくなってて、えーと、むしろ学校とか寮とかもなくなってたら...。(あ、でも寮は元々なくなる予定、だったんだっけ?)

 そこまで考えて、ぶるり、と左右に頭を振った。こうしていたって仕方がない。そうだ、再びもらえたこの命、この未来。もちろん、本当にこの選択で正しかったのか、こうして帰ってきた今でも迷いがある。だけど、どうしたって、責任を持って、わたしがわたしらしく歩むために、使わなければ。それでこそ"彼"に怒られる。 そう、"彼"に...。

「......。」

 手を、胸に当てて意識を集中させる。けれど、いつも"ここ"に感じていた、"オルフェウス"の存在を、どうしても感じることができない。いつだって共に在った。だから、ひとりでもひとりじゃなかった。だから、寂しくなんてなかった。でも、それは......居場所なんて、いつかは消えてしまうものだから、だったら最初から作らなければいい、という、逃げ場でしかなかったかもしれない。

(もう、大丈夫。)

 意を決して、かつて扉のあった壁の方へ向いていた顔と体を、徐々に180度反転させていく。たとえ、景色が変わっていたとしても、受け入れる......ちょっと、いや、かなり、寂しいけれど。

 でも、

「...噴水!」

 そんな決意は、単なる杞憂で終わってくれたようだった。見つめる先には、自分が知っている風景が、ただ広がっていた。大きな噴水、ベンチ、その向こうにある小さな噴水...。すくなくとも、何百年、は経っていない様子。

 あわてて路地から飛び出した。その辺にいた主婦や老人が、わたしのそんな様子に、驚いたような顔をして一瞬こちらを見た。...この人たち、見たことがある!カラオケ屋、喫茶店、ゲームセンターにクラブ...。どれもこれも、看板は自分が通っていた頃のものから変わりなく、今も変わらず営業をしているようで。途端に、頬が緩む。

「そ、そうだ、今日って結局何日...!」

 慌てて右を向けば、そこには懐かしい交番。かつて捜索願が張り出されていた看板は、かつてのまま、残っている。もしかして、と、おそるおそる交番の中をそうっと覗けば、ああやはり、そこには見知った顔が。

「......黒沢さぁん!!!!」

 バァン、と、つい大きな音を立てて引き戸をスライドさせ、中に駆け込む。その様子は、まるでスリやひったくりにあった被害者のようで、中にもともといた人や警察官が、ギョッとしたような顔でこちらを見る。中でも、一番手前にいて、落し物か何かの対応をしていたのだろう、その人は、周りと同じような顔をこちらに向けた後、さらに信じられないといったような顔をして、すぐ隣にいた別の警官に「後を頼む」と告げ、急ぎ足でこちらに駆けつけてくれた。






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meg (2012年4月11日 15:52)

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