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Möbius - 07





 今日は、なんだか朝から不運が続く。他の日であるなら、さして気になるようなことでもないかもしれない。それが、どうして今日に限って頻発するんだと、何度目かもうわからないため息を吐き出した。

 まず1つ目。

「そんなふてくされんなって。ほら、お前のおかげで俺、留年まぬがれたわけだし?」

 朝、ロードワークから帰ると、まるですぐ傍で見張ってたんじゃないかと疑うくらい、タイミングよく鳴った電話。出るんじゃなかった、と深く後悔することになる。

「大体、何故俺なんだ。他のヤツに頼め。」
「いや、お前にしか頼めないことなんだ!!」

 そう口説き落されて、来てみれば、なんのことはない、教授への単位交渉だった。...それも、年若めの、女性教授の。
「いや~~、あの教授、お前のことチラチラ見てたからさ、もしかしてと思ってたんだよね!」
 隣で得意そうに笑う友人を、睨みつける。まぁまぁ、そんなに睨みなさんなとアッサリかわされる。今度牛丼おごるからさと笑うが、そんなもので取り戻せる気分じゃないんだ。特に、今日という日は。
「そういえばアッキー、今日大事な用があるって言ってなかった?」
 教授の部屋を出た時までは、終わったらさっさと帰ると息巻いていた。だが、部屋を出た瞬間鳴った彼の携帯を確認するなり、元々悪かった機嫌が輪をかけて悪くなり、こうして近くにあった空き教室で暇をつぶしている、というこの状況。

 そう、本日の2つ目は、これだった。着信音がメール受信時のものだったので、まさか自分の行動をしばるものだとは思わなかったのだ。しかも、送り主は、自分が最も荒れていた時期に、非常に世話を焼いてくれた人物。

『今どこにいる。』

 ただそれだけが記された文面に、何の用事だと首を捻りつつ、それ以上特に考えずさっさと返信を返した。

『大学です。今から月高へ移動しますが。』

 今日はこれからS.E.E.Sのメンバー(といっても、自分も含め、全員が元、という扱いになるが)と、高校の屋上に集まる大切な予定があった。だが今からなら、高校へ向かう道中、顔を出す程度なら、まだ時間の余裕がある。そういう意味も含めて、返信をした。が、送信ボタンを押して10秒も経たぬ間に、メール受信の着信音が鳴り響いた。あの人が、こんな早くに返信を寄越すなんて、珍しい。そう思いながら開いたメールの本文に記されていた文章に、思わず目を見開いた。

『その場に待機しろ。』

 すぐさま電話をかけたが、一向に出る気配がない。クソッ、と思わず声を荒げ壁を蹴り、それを見て慌てた友人に連れられるがまま、近くの空き教室へ入り、今に至る。

「アッキーと呼ぶな。...なぜ俺がここに居なければいけないのか、俺が聞きたいくらいだ。」

 そう言い捨てて、それまでとは違う感情のこもったため息を一つ、吐き出した。


 丁度去年の今頃、あいつが俺の傍から消えた。あれから一年。生きているのか、死んでいるのかわからない、ただ毎日同じことを繰り返すだけの一年だった気がする。今日を迎え、朝のロードワークをこなしがてら、すでに廃された寮まで足を延ばしたものの、どこも変わった点はなく。いや、分かっていた。変わるはずがないことは分かっていたけれども。...少しだけ、期待してしまっている自分がいるのだ。

『その日が来るまで、彼女のお体をお預かりします。』

 そう言ったのは、青い、けったいな衣装に身を包んだ、自分よりも背の高い青年。言い終わるよりも早く、彼女の体を抱き上げた。「彼女に何をする!」と、力任せに殴りかかったところ、彼は軽々とこの拳をかわして見せた。

『彼女の体には、すでに魂は宿っておりません。...ですが、魂自体は、まだ消えておりません。』

 その場にいる皆が、言い返す力もなく、どうして彼女がこうなってしまったのか、彼女は今どうしているのか、ただ茫然と聞き入っていた。一通りの説明を聞いたあと、じゃあ、どうすれば彼女を救うことができるのかと、皆がいちばん気になっており、けれど聞きたくない、そんな質問を、恐る恐る彼女の親友であった、岳羽ゆかりが切り出した。

『まず最初にお断りいたしますが、彼女はすでに、人の手が届く場所におりません。』

 ですから、貴方がたでは、到底、彼女を救うことはできない。だから、自分に任せておいてくれ。必ず、助けてみせる。そう言って、そのまま彼女を抱きかかえたまま、突然浮かび上がった青い扉の中へ、消えて行った。

 そうしてあれからちょうど1年。当時2年生だったS.E.E.Sのメンバー(と、留年した荒垣)が、卒業を迎える日。だがその中に、彼女の姿はなかった。

『卒業証書は、出させるさ。...彼女は我々の仲間であり、月高の生徒だ。』

 そう、美鶴は言ったが。彼女も彼女の手で、証書を受け取りたかったことだろう。大丈夫だ、その時は俺が授与してやるさ。

「あれ...。おい、見てみろよ校門のところ!」

 とたんに、数人いた教室内が、騒がしくなる。それを聞きつけて、カワイイ子は正義と幾度となく口にしていた目の前の友人が、勢いよく立ち上がる。窓際には、すでに数人が身を乗り出して、そちらの方へ視線をやっていた。

「ナニナニ?...ヒュ~、あの制服は月高生じゃん!しかも超かっわいい!」
「見学ってわけじゃなさそうだな。誰か待ってんのかな~?...おい真田!」

 よりによってまた、どうして自分に声がかかる。これで3つ目か。こうなったらもう全て、1番最初に電話をかけてきた友人に罪があることにする。

「...何だ。」
「お前、元月高だろ?声かけてみてくれよー、お前が相手なら誰も断らないだろうし...」
「断る。」
「って、即答かよ!」
「頼むよ~、俺たちにも青春ってやつを味わせてくれよ~~!」
「煩い!というか、大の男が情けない声を出すな!大体、高校はもう去年卒業済みだ。今の在校生のことなど知らん!」
「も~~、アッキーは宝の持ち腐れしすぎ!!そんなんで女っ気ないとか、罰あたりだし!」
「だから、アッキーと呼ぶな!大体、女なんて...」

 女なんて、1人だけで、十分だ。

「あ、こっち向いた!お~~い!」

 はぁ、と一つため息をついて、席を立つ。まだ彼からの連絡がない以上、どうせここから動けない。いつものように一目見て、「知らんヤツだ。」と言って、終わらせるのが手っ取り早い。

 ...はずだった、それなのに。

 騒ぎ立てる彼らと同じく、校門の方へ眼をやった。その瞬間、以前得意としていたはずの電撃魔法に、全身を撃たれたような、感覚に陥った。

 懐かしい高校の制服。高めに結わえた、茶色の柔らかそうな髪。戸惑うようにこちらを見上げる、大きな紅い瞳。

 息を飲んで、彼女の顔から目が離せなくなった。目があった途端、驚いたような、今にも泣きそうな表情に変化した少女 の顔には、見覚えがる。というよりも、

「もに...か...?」

 口にし、終えるよりも早く、その場から駆け出した。その瞬間、パンツのポケットにしまい込んだ携帯電話がけたたましく鳴り始める。だか、今回ばかりは、そんな音も耳に入ってこなかった。

 早く、早く行かないと。彼女が消えてしまう前に、今度こそ。






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meg (2012年4月11日 15:56)

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